有限会社 泉コンサルティング

有限会社泉コンサルティングのブログです。
海外で少しだけ暮らして見て!
クリックで挿入クリックで挿入クリックで挿入クリックで挿入 ISOの会議、会社訪問等の所用があり、海外で暮らすように市バス・電車で移動し1カ所に数日づつ自炊し過ごす機会があった。英国・モナコの人々のマナーの良さ、親切で丁寧な言葉づかいに感動すら覚えた。また、街はエコが当たり前の様に推進され、1人乗りの電気自動車が走り回っている、また国によってはバイクは電気のみ、自動車も電気のみ、自転車をバス・電車にそのまま乗せられる交通機関、主要交通手段は自転車で専用道・駐輪完備、食品も多くの人は有機野菜を珍重、水道の蛇口や電気のコンセントにはエコを節水・節電を表示(欧州全般)。公共バスや電車は日本の1/3〜1/5の運賃(イタリア・フランス)、公園の遊具は算数、音楽、物理、天文、体育の教材機能が備わり遊びながら学べる(イタリア・ベトナム)、世界ランクや他校との競争を意識した大学・高校教育(香港)バスで中学生がはしゃいで騒ぐと当たり前のように運転手がバスを停車させて注意する、交差点に無理に侵入する車、見つけた人が大声で注意する、横断歩道に人が入ると一斉に停車する歩行者優先(モナコ)公共の博物館は勉学者の為に無料開放(英国)荒野の中に突然現れる数多くの工業専門学校、2桁の算数は当たり前、貧困でもパソコン上手(インド)都市が国家のように数年先の改革コミツトメントかかげ改革を推進、風邪の時買いに行った安く良く効く風邪薬(フランス、イタリア)日常の交通費、食費が安く全体として弱者に優しい体制(欧州全般)、井の中の蛙」で日本が一番と思っていた事が、長い歴史と文化、度重なる苦難を乗り越えた海外諸国は更なる先駆者を目指して日々進歩している。日本は日々後退しているのでは・・・暮らすように市民感覚で見ると今までにない世界が見えて来る。
| izumi168 | 海外視察 | 08:00 | - | - |
モナコのすばらしさ、
  欧州を訪問して感じるのは日本人のマナーの良さ、静かさ、謙虚さに対する歓迎である。最近は皆がとは言い切れないが・・・イタリアではアジアのとある国のマナーの悪さ、うるさい、汚い、が評判になっており、その国の方が宿泊しようとしても拒否される事態が起きている。さて、モナコは歩行者、犬、老人に優しい国である。信号の無い。横断歩道に歩行者がはいると自動車は有無を言わさずストップする。犬のしつけも良く、バス、電車にも飼い主と一緒に乗れる、もちろん犬のしつけが良いから、また、坂の多い街だが、各所にエスカレータ、エレベータが設置され老人に優しいシステムが構築されている。また、びっくりしたのは市バスでたまたま、中学生位の子供がさわぐと、バスの運転手がバスを止めて注意しに行く、学生もそれに素直に従う、こんな光景を2度も見た、また、交差点に車が無理に入り込むとおばあさんが注意する。今の日本に欠けている道徳がここでは通用していた。孔子の世界の実現か・・・街はゴミもなく、綺麗に整然と、花壇、植木も手入れ良く、街が一つの公園のようになっていた。

| izumi168 | 海外視察 | 23:19 | - | - |
夏目漱石 ロンドン居住地の訪問

         我が家と英国の関係は、叔父様が昔の日の出セメント八戸工場に英国人技師アッチェリー氏を招聘した事に始まる、彼のミキサー・ボイラー技術は今の住友セメントに受継がれ、現在の川越氏の離れの洋館だけが時を忘れたかのように残っている。それに影響してか、父も明治の頃、正岡子規と同じ英語学校に行っていた。さて、アッチェリー氏の住まいを探す事は難しいので、博物館での環境研修が終わった夕方2時間の空き時間に夏目漱石の住まいを訪問した。ロンドン中心から約4km地下鉄claplam commonで下りクラバム公園を越えた所にある。前方から赤いジャケットの美しい身なりの年配のご婦人が歩いてこられ、私が訪ねようとすると、「漱石の家を訪問されるのですね」、と話かけて来た。「その2筋目の角を曲がって800m行った先ですよ」と丁寧に説明された。ところが多く家が連なった閑静な住宅地、行けども家は見つからず、1Km行った坂の下の雑貨店でまた、聞くはめとなつた。店員は今はやりのIPADで日本の有名な小説家と打ち込み、探してくれた。引き返し、また、近くで散歩中の年配の方に聞くと「表示が見にくい、見逃すので注意して、円形の標識だ」と言ってくれた。引き返し、角を曲がって10軒目頃にようやく青い円形マークで日本の小説家夏目漱石の居住との表示を見つけた。この家の前に立つと、瞬時に明治がよみがえった。明治のものとは思えない、瀟洒な家であった。但し、漱石の時代のロンドンは1800年代の産業革命後の黒いスモツグがただよい、またロンドン特有の雨・霧の天候、文明の嫌いな漱石にとって、ゆううつ以外の何ものでなかったようで、今流のひきこもり、重度のうつ病となつていた。この3階が漱石が明治の文部省の英語教育の魁として勉強の為に住んだ家であると思うと感慨深いものがあった。。ロンドン大学の図書館通いや書物を買いあさったりしたが貴族嫌いもあり、オックスホードやケンブリツジで学ぶ事は無かったらしい。私にしてみれば、良い環境なのにせっかくの機会と思うが、中心から離れている事に違和感を感じた、どうも派遣費用では足りなく、中心から離れた住居となった。驚く事に当時すでに地下鉄、汽車、馬車もあり、交通の便は悪くなかった、帰りは漱石も歩いたであろう緑深きクラバム公園を横切り、黒人の方と一緒に市バスでロンドン中心の宿舎に帰った。「誠心誠意、情に応えるが、とかくこの世は住みづらい・・」らしき言葉が思いうかんだ。

| izumi168 | 海外視察 | 12:19 | - | - |
欧州の事情と環境
      ロンドンで仕事が早く終わった金曜日、近くのレストランに立ち寄った。元銀行という立派な建物であった。盛況、近くのサラリーマンが昼間からビールを飲んでいた。こんな時間にと「何故」と聞くとその会社は金曜日だけはたっぷりの昼休み、ビールを飲む事も認められているそうだ。元長崎にも住んだ事のある方とお友達になった。ドイツ等の人材を発掘しているとか、彼にテーブルNoでのビールの注文の方法を教えてもらい議論の輪の中に入った。ロンドンはパブ文化、17時になるとそわそわと仕事をかたずけ18時には街のパブが一杯になる。今回はいろいろな方に出会った。2ケ月旅行中のアルゼンチンの方、インド人、アメリカ人、チェコで働いている日本人、ロシア人、欧州に研修に来ている日本の大学生。パブでは日本と違うのはビールだけで議論する。日本では「おつまみ」が重要だが、おかまいなしにビール、せいぜいフィシュ&チツプスで議論である。今回の旅は行き当たりばったりで快速電車でドーバーに行き船でフランスにわたり、市バス、快速電車でリール、ブリュセル、アムステルダムと移動した。フランスの第三の街リールに着くと、駅は自動小銃の軍隊がパトロールし街には20代の物乞いの少女もいた、ロンドンとは違った風景に驚かされた。ブリュセルは国際会議の街だけあって、ムール貝等美味しい食べ物が沢山あった。環境について言うと、アムステルダムは自転車の街、国自体が自転車を推奨している、自転車道路、駐輪場、貸自転車が十分準備され、通勤は自転車が主体、本格的なエコの生活が始まっていた。街の案内でも駐輪場のビルを誇らしげに宣伝されていた。欧州は有機農業の野菜が珍重され、きめこまかいCO2削減のステッカーが電気のスイッチ、水道の蛇口に貼られ、リサイクル・省エネの浸透が当たり前にされている。田園地帯・海上には風力発電が並び電力の一部を自然エネルギーで賄っていた。あたりまえの事をあたりまえに行う、身についたエコこそがこれから求められると思う。
| izumi168 | 海外視察 | 00:13 | - | - |
英国IRCA(国際審査員登録機関)訪問
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 この春、ロンドンのIRCA(世界最大のISOの国際審査員登録機関)の本部を訪問した、私は1998年よりISO9001の審査員として登録し2005年よりはプリンシパル審査員として登録している。IRCAはテムズ川より約2km入った王立裁判所の並びホルボーンの司法研修地区にある。清楚な中に神聖な雰囲気ただよう文教地区でもある。今はIRCA本部はリニューアル中であるが落ち着いたたたずまいの建物である。弊社にも多くのIRCA登録者が居るが、未だ訪れた事がないと聞く。彼らの代表として今回訪問した。ホテルのような玄関、メインの受付、入館ガードをいただくと二階の応接間の様な受付に通された。多忙な会議の合間をぬってトップのサイモン氏にお会いする事が出来た。サイモン・フェアリー氏は私の登録以来のデレクターで、日本での審査員会議でお会いした事もある方、気さくに対応していただいた。部屋には女王様から贈られた印が飾られていた。私にとってロンドンは18年ぶりの訪問である。多くの国を訪問したが、市民のマナーの良さ、言葉の丁寧さに感心した。古き伝統と新しい文化を大切にし、これを世界に発信・開放している、多くの博物館は無料であり、休みには家族連れで勉強に来ている。たまたま、サイエンス博物館に1日居たが、子供の為に親がいろいろと教えている姿を多く目にした。日本も見習うべき事と感じた。また、次の日はオックスフォードを訪問した。街全体が大学であり、学問の深さと懐の深さを感ぜずにはいられなかった。次にシェークスピアの故郷、ストラッドホード、高校1年の時の必死に勉強した英語の詩を思い出した。「And curst be he who moves my bones」、なんとか2年生に進級できた。外人だけの観光バスであったが、日本人のようにせかせかせず、ゆったりした時間を持つ事が出来た。(Meeting time)、集合時間を聞き違えないように・・・英語の勉強を兼ねた旅行であった。
| izumi168 | 海外視察 | 15:45 | - | - |
クアラルンプール、ハノイ
   所用でマレーシアを訪問した、常夏の国である元気な瞳にアジアの活気を感じる、クアラルンプールはインフラも整備されブキットビンタン等は東京なみに発展してるように思われる、訪問する度に、サービスの良さに中国とは異なる優しさを感じる、訪れた工場は次の次の世代にバトンタッチされ、ついこの前に入社した新人がリーダーシップをとっていた、頼もしいかぎりである。約20年前に品質システム構築で支援していた時の方々の話で花が咲いた。海外は国々でそれぞれ状況が異なる、リッチな国、これからの国、風土・嗜好が異なる、商品戦略が重要だと思う。(写真はデパートでの龍の飾りつけ) その後、ベトナムハノイに移動し、休日を過ごした。しかし、素朴な街中を走るバイクの喧騒に悩まされた、その中で世界遺産のハロン湾は美しい静けさと墨絵のような重厚さを呈していた。ベトナムはインフラの整備が急務である。但し、家族で過ごす、屋外での料理や食事の接遇を見るにベトナム人の優しさと心の強さを所々に感じる。私の顧問をしている会社ではベトナム人は真面目で良く働くと研修生の評判が多いと聞く。
| izumi168 | 海外視察 | 22:09 | - | - |
かっての日本はあこがれの国・・・トルコ偏
 昨年、イスタンブールに約一週間、滞在する事があつた。行って見て驚くのは、親日派の多いこと、店に入ると日本人と分かると親切に話しかけて来る、観光客相手とも伺えるが、どうもそうではないらしい。その証拠に古くは1890年のトルコ艦隊の遭難沈没で約69名のトルコ人を救った事を知っている。この約120年前の出来事の恩を持ち続けるトルコ人はすばらしい。イスタンブールのドルマバス宮殿を訪れると元首相アタティルクの約30の住居には驚くなかれ日本間が存在する、つい立てと花瓶類ではあるが、日本風の部屋にしてあつた。特にこれ以外では他の国の部屋は存在しない。トルコなまりのイングリシュツアーであり、聞き取れない部分があったが、日本は大国の米国を相手に戦った東の小さな国であり、独自の武士文化と礼儀正しい独立心、信念を持った立派な国である事に心から尊敬したと聞いた。また、敗戦後の復興もすばらしく、科学技術の発展では群を抜いており、目をみはるものがあったと言う話であった。欧州とアジアの接点トルコは大の親日家であった。マレーシアも東洋に学べとマハテールが言う時代、ちなみに今のトルコ人は他の欧州の方とは違い、女性は女性らしく美しく謙虚で、男性は男らしく、見た目は武将の様にたくましく。明治の良き日本を想像する思いである。もう一度あこがれの日本を取戻すよう研鑽に励みたいものである。
| izumi168 | 海外視察 | 22:00 | - | - |
かっての日本はあこがれの国・・・米国偏
 出張や旅行で海外を訪れると何と日本をあこがれの国と思っている人々が沢山いた。今から約20年前の米国、日本に追いつき追い越せの時代、日本の企業はきそって米国に工場を建設した時代、日本の決め細やかな品質のノウハウを知りたいとしていた時、米国では机上の理論ノウハウはあるが具体的な実践、現場で役に立つノウハウは乏しかった。しかし、米国で仕事をして見るとシステマテックに整理され、幼稚ではあるが社内ランが整備され、特に現場作業者の本日のするべき仕事が一覧表になり、早朝メールされるしくみには驚いた。私の勝手な計画で年末に帰国する為にスタッフはクリスマス日の会議にも出社してくれた。ちなみに私の担当者のMissCRは仕事の為に、会社のすぐ近くに住居を移し朝4時から仕事というモーレツさにもビックリした。夕方の打合わせで、出た課題を、翌朝、私が出社する前までには完成するというモーレツさであった。また、実験室で働いている現場スタッフは仕事が終わると専門学校に通い、さらなるレベルUPを図ろうとしていた、手を抜くと、クビになる、終身雇用の日本では考えられない、ハングリーさを持っていた。彼らは日本人と親しくなるには日本人をヨイショする日本式接待も行った。日本ではQCサークルや改善、改革が花開いている時代であり、生産性向上と品質向上で真面目な先生の時代でもあった。但し、彼らの瞳の奥には、一つでも日本より学ぼうとする貪欲さが見え隠れした。せっかくのノウハウは現場で活用せず、多くは机の自分だけのファイルに順序よく整理されていた。ちなみ今はこの工場は閉鎖され中国に工場の役目が移っている。彼らは今はここで学んだ、知識でアフリカで仕事をしていると風の便りに聞いた。
| izumi168 | 海外視察 | 12:18 | - | - |
久しぶり上海
万博後の上海を訪れた、地下鉄では席をゆずってくれたり、ゴミがなかったり、お店では店員が親切であったり、良い事ずくめの上海になっていた。今ままでの日本は優位性はあやうい。共産党主導でのインフラ整備は問題もあるが目をみはるものがある。交通網の地下鉄、高速道路、15年前、20年前では信じられないものである。日本の政治のゴタゴタには悩む、時代は猛スピードで動いている。このままでは日本はどんどん遅れをとる。
| izumi168 | 海外視察 | 20:58 | - | - |
かっての日本はあこがれの国・・・マレーシア偏
 マレーシアで仕事をする事が多かった、東方に学べのマハティールさんの掛け声で、日系企業が進出した。今から30年前、やはり中国人が頑張っていた。マレー人は優しく、おとなしい、それにひきかえ中国人は賢く、良い意味での貪欲で、経営の中核を形成していた。米国に比べマレーシアでの仕事は彼らの大きな協力で非常にスムーズに運んだ。
| izumi168 | 海外視察 | 23:47 | - | - |
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